イラストレーター森本レオリオの仕事(テレビ番組のイラストレーター)

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『北の国から』第23話名シーン「破れた靴」再考/捨てられた靴に宿る記憶/優しい警官/似顔絵 イラスト

【名シーン解説】見つからなかった靴と、届かなかった想い――ドラマ『北の国から』第23話 似顔絵イラスト

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令子の死と、父と靴と――『北の国から』第23話「破れた靴」/捨てられた靴に宿る記憶/イラスト

あらすじ(簡潔なまとめ):令子(いしだあゆみ)が再婚直前に急死し、純(吉岡秀隆)と螢(中嶋朋子)は雪子(竹下景子)に連れられて上京。母の棺の前で落ち込む吉野(伊丹十三)を見て戸惑う二人。

と螢は、公園でブラブラと時間を潰した。吉野に出会い、吉野は二人の履いていた古い靴に気づき、吉野はふたりを強引に靴屋へ連れて行った。葬式で汚い靴を履いていたら令子が悲しむといって、上等な運動靴を買い、新しい靴に履き替えさせボロ靴は店で処分させる。

純は、古い靴が捨てられることに一瞬躊躇した。それは、富良野に越した当初に買ってもらい、1年間(雪靴を除いて)ずっと履いていた運動靴だった。それを買う時、五郎(田中邦衛)は店で一番安い靴を勝手に選んで買い与えた。そのことは気に入らなかったが、毎日何をするときにもその靴を履き続けた。糸が切れると、五郎が自ら直してくれた。それだけ愛着もあった(第21話で五郎がその靴を修理しているシーンがある)。

父・五郎は通夜に間に合わず、葬儀に来た朝から台所で料理を手伝い、そのまま北海道に帰る。しかし純が夜中に目を覚ますと、母の遺骨の前で泣き崩れている父の姿を見て心を動かされる。

二人は夜、捨てられた靴を取り戻そうと靴屋へ向かい、パトロール中の警官(平田満)に見つかる。警官は当初厳しい問いかけをするが、純の答えの端に尋常では無いものを感じ取った。事情を察した警官は率先して手助けしてくれる。純は訳もわからず涙する。

最後に、純は靴を奪われた古い靴が川に流されていく夢を見る――ただその靴は父に買ってもらった大切なものだった。

放送日 :1982年3月19日 
 脚本 :倉本聰  
 主な登場人物 :五郎(田中邦衛)、純(吉岡秀隆)、螢(中嶋朋子)、雪子(竹下景子)、令子(いしだあゆみ)、吉野(伊丹十三)、警官(平田満)

 

16:9のイラストになります。本放送は4:3になります。背景は少々オリジナルになっております。本データは1920×1080になります。

 

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「靴」が語る――純たちの心の奥にあるもの

捨てられた靴は、ただの靴ではなかった

「靴」というモチーフが、この回の主題そのものを象徴しています。
新しい靴を与えられることは「再出発」や「外見的な整頓」を意味しそうですが、純にとってそれは、父・五郎が買い、直してくれた“思い出”であり“居場所”でもありました。ボロボロでも毎日履いた、富良野での日々を象徴する存在です。

 

店でその靴を処分されるとき、純は一瞬だけ迷います。しかし、吉野の勢いと空気に逆らえず、結局言葉もなく見送ってしまう。この「抗うことができなかった」感覚は、子どもにとって“何かが終わる”瞬間の喪失を象徴します。

夜、捨てられた靴を探しに戻るふたり。見つからなかった靴。でも純は夢で、それを追いかけ続けます。
つまり、靴は実際に見つからなくても、「心の中では持ち続けている」。それは、母を失った今でも、父とのつながりや家族の記憶は、彼の内側でしっかり生きているということかもしれません。

 

古い靴が流れていく夢。それをどこまでも追いかける純と螢。たとえ手元に戻らなくても、心ではずっと離さない。そんな想いがあの夢に込められていたように感じます。

 

清吉(大滝秀治)が語った、五郎の不器用な愛

通夜に間に合わず、朝になってやっと姿を見せた五郎。しかも葬儀中は台所で料理ばかり。周囲の親戚たちからは批判的な目が向けられました。
しかし、その批判を制したのが、清吉(大滝秀治)の一言でした。

 

「飛行機代が払えなくて、夜汽車で来たんですよ…一昼夜かけて…」

 

このセリフは、あまりに静かで、説明的でもないのに、聞いているこちらの胸を締め付けます。

無口で不器用で、表に感情を出せない男・五郎。それでも、元妻の葬儀には、持てる手段で何としてでも来ようとしていた。それはもう、立派な「愛情」です。
夜、母の遺骨の前で一人泣いていた五郎の姿を、偶然見てしまった純。この場面が、彼の父への見方を変えるきっかけになるのは間違いありません。

 

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◆ 大人たちの不器用さと、子どもに差し出された救い

吉野と五郎――令子をはさむ「二人の男」の距離

吉野(伊丹十三)は、五郎とは対照的な存在です。知的で理性的で、東京での生活がよく似合う“都会人”。
彼は、純に「恋とはこういうものだ」「人生では何度も恋をする」と淡々と語ります。まるで自分の傷を整理し、感情を距離を置いて見つめているように。

けれども、その彼の言葉の奥には、どこか諦めと虚しさ、深い孤独がにじんでいます。

 

「自分が好きになった女は、みんな死んでしまった。」

 

五郎のように感情を爆発させることはありませんが、吉野もまた、令子を失い、何もかも終わってしまった男としての絶望を抱いています。

一方で、五郎は語らず、料理に逃げ、夜に涙します。
この二人は、どちらも同じ女性を愛し、同じ喪失を抱えている。でも、その距離感はあまりにも遠く、交わらない。

 

けれどその中で、子どもたち――純と螢は、それぞれの大人の影響を受けながら、少しずつ世界の複雑さを知っていきます。

 

 

 

 

夜の靴屋、ごみ置き場、そして警官の手
夜中に靴を探しに向かった純と螢。誰にも頼らずに、自分たちの“思い出”を自分たちで取り戻そうとしたふたりの姿は、けなげで、危なっかしくもありました。

ごみ置き場を漁る二人を見つけた警官(平田満)は、最初は警戒して問い詰めます。けれど、純の口から漏れた「再婚」「おじさん」「母」「死」などの言葉に、何かを感じ取り、そっと靴探しを手伝ってくれました。

 

一見無関係な「他人」である警官が、最もやさしく寄り添ってくれた。

 

ここで描かれるのは、血縁や立場に関係なく、人は誰かの心の叫びを察し、そっと手を差し伸べることができるという、優しさの本質です。

この警官の存在は、純にとって「大人とは怖いだけではない」「誰かが助けてくれることもある」という、ひとつの気づきの場になったのではないでしょうか。


 

まとめ

この第23話「破れた靴」は、令子の死という決定的な喪失を軸にしながら、子どもたちが大人の世界の複雑さ、哀しみ、そして少しの希望に触れるエピソードです。
靴はもう戻ってこない。けれど、その靴に込められた記憶と愛情は、確かに彼らの心の中に残っている。

そう思うと、「北の国から」が描く“何気ない道具”には、いつも以上に深い意味が隠れているのだと実感させられます。

 

 

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